第167回:Ysを紡ぐ調べ(2003/09/28)


昨日、Windows用RPG『Ys VI 〜The Ark of NAPISHTIM』が発売されました。
足掛け約16年続いているYsシリーズの最新作です。
Ysという名はプレイしたことが無くても恐らく耳にしたことくらいはあるかと思います。

ただ、Ysという名前であっても中身は全然別物だったりするのがこのシリーズの特色。
主人公の赤毛の剣士アドルとそれを囲む一部の仲間達は変わらないのですが、
システムはシリーズで一貫してませんし、
何よりPCエンジンギャルゲー全盛期の煽りを受けた「Ys IV」は
アドルが目も当てられないくらいモテモテ状態になってて嫌になりました。
硬派な恋愛をするのがYsの魅力だったのに。
(アドルは未だにI・IIの女神フィーナのことを想っているはずです、絶対)

酷いのは移植プラットフォーム毎に主人公アドルの扱いが一貫してないところ。
基本的にアドルは「喋る」ということをしません。
何か伝えるときも「アドルは用件を伝えた」のようなナレーションが入るだけ。
これはプレイヤーが感情移入し易くするためだという理由を聞いた事があるのですが、
SFC版のYsIII・IV(製作:トンキンハウス)ではバリバリ喋ってしまいます。
別にストーリーに影響はありませんがね、なんか複雑な心境なんです。

そりゃスタッフも入れ替わっているでしょうし仕方ないと言えば仕方ないのですが、
何とも言えない違和感をどうしても感じてしまいます。
厳密に言えば「Ys」という話はIとIIで終わっている物なので、
言ってしまえばもうYsじゃなくてもいいんです。
I・II以外は「アドル=クリスティンという赤毛の少年の冒険活劇」というだけなのですから。

ただ、音楽に限っては唯一全シリーズで雰囲気が統一されていると感心します。
元々、YsI・IIの曲は私の尊敬する古代祐三氏が手掛けておりまして、
彼がYsの世界を彩る「音楽」を構築したことは言うまでもありません。
Ysには「これがYsの音楽だ!」というのが何故かあります。
ロックやジャスなどのジャンルを分けるかのように、Ysというジャンルで認識出来てしまうのです。
プレイヤーをYsの世界へ惹き込む何かがあります。
勿論、シリーズで楽曲そのものを比較すれば当然優劣が出てしまうのですが、
音楽によるYsの世界を崩していないのは毎度のことながら立派です。
普通なら「マンネリ」とも取れるのですが、不思議とYsにはそれを感じません。
音楽も含めて「Ys」なんです。

逆に言えば、音楽でもYsの世界観を表現しなければならない訳で、
クリエイターが色気を出して「新しいYsの世界を」と全然雰囲気の違う楽曲を提供した場合、
例えそれが素晴らしい出来映えだったとしても、Ysユーザには受け入れられないと思います。
余談ですが、ワイルドアームズシリーズも同じような感じですね。

今回の『Ys VI』も音楽に関しては満足できる出来映えでした。
Ysと名の付くゲームに相応しい楽曲であると思います。
特にボス系の曲全般に渡って鳥肌立つ程に「Ys」しててどうにかなっちゃいそうです。

断っておきますが、I・IIの古代氏の曲調を引き継いでいるという訳ではありませんので。

なんか掴み所の無い話で申し訳無いです。
Ysをプレイされている方は言いたい事を分かっていただけるかなと。


<BGM>
鳥の詩 (Arr. 風街詠史 from AIR (C)key )
[ LAIT CONCENTRE / ココアみるく餅 ]