第44回:涙で押せないシャッター(2001/01/29)


ここ数日、前回のコラムで紹介した『風雨来記』というゲームばかりやってました。
(「それよりHP更新に気合を入れろ!」と御叱りを受けそうですな)
で、当初は気ままに旅をしていたのですが、どうやらイベントが女の子絡みで進むので、
女の子も視野に入れて旅をするようにしました。

で、2人のヒロインのTrueEndを見たのですが、
両者とも涙が止まりませんでした。
(いや、本当に。人には見られたくない姿でしたよ。)
最後にヒロインの写真を撮るのですが、
(最高の場所と最高の1枚を撮るために旅をしているという設定なんで)
恥ずかしい話、涙でシャッターが押せないんですよ。
写真はピントをあわせて撮らなきゃいけないのですが、
それが、揺ら揺ら動く画面を見てタイミング良くボタン押すという内容なんです。
ただでさえ涙で遮られて画面がよく見えないのに、
タイミング良くボタンを押すなんて出来る筈がありませんよ。
(まあ、頑張って押しましたが・・・)
しかも、ただ流れる涙ではなく、
胸が締め付けられるような感じで流れる涙なんです。
もう、こんな泣き方は久しぶりでしたよ。

私、涙腺が弱いのはもとより、人より感情移入度が高いって言われます。
対象はゲームしかり本しかり映画しかりです。
「所詮作られた話」というのは解っています。
でも、仮想世界で感情移入していた時に抱いた気持ちは、
決して現実世界で無意味という訳ではないと私は思います。
特に「他人に優しくなれる」という気持ちは、
こういったメディア(ゲームや映画)で得られる事の方が多いような気がします。
悲しい結末で、自分の中に悲しい感情が生まれた時、
その結末が例え現実世界で有り得ない事だったとしても、
また、悲しい結末の対象がブラウン管の中のキャラクターだったとしても、
生まれた感情自体は現実世界の悲しい感情と変わるものではありません。

例えばヒロインが死んだ時に生まれた悲しい気持ち、
死んだ時に初めて気がつく「もう少し長く一緒に居たかった」という気持ち、
こういった気持ちを「所詮は作られた物」と割り切らず現実世界と重ね合せてみた時、
それが現実世界にいる自分の一番大切な人に
「優しくしてあげよう」と思う結果に繋がると私は思います。

私はどんなゲームにも「人に優しくなれる」という要素を求めます。
(映画や本も同じですね)
明日は何が起るか解りません。
もしかすると「もっと優しくしていれば」と後悔する出来事が
待っているかもしれないんです。
そういった気持ちって案外自分では湧かないものなんですよね。
だからこそ、一つでも多くの作品に触れ、
一回でも多く「人に優しくなれる気持ち」を自分の心に刻みたい。
その気持ちが自分の大切な人間を幸せにするのなら・・・尚更です

考え方は人それぞれでしょうから、異論反論はあるでしょうねえ。
まあ、世の中にはこんな人間もいるんだなあ、と思って下さい。

兎に角、この『風雨来記』というゲームは、
「人に優しくなれる」という気持ちをプレイヤーの心に刻んでくれます。
断っておきますが、悲しい話だからと言って
「優しさ」が必ず心に刻まれるという訳ではありません。
多分、この作品が「楽しさと悲しさの表裏一体」を上手く表現していること、
そして、それが「旅」というエッセンスと上手く融合してるからだと思います。

ここ最近プレイした作品の中ではダントツにオススメできる作品です。
皆さんも、機会があれば是非プレイしてみて下さい。

ちなみに、私はbursterror級の「優しくなれる気持ち」を貰いました。